2008年05月13日
上善如水

水は円い器に入れば円くなり、
四角な器に入れば四角になる
水は何かを支配することもなければ
何かに支配されることもなく
決して万物と争わない
水は、障害を障害とすることもなく
己の道へ向かって止まることがない
四角な器に入れば四角になる
水は何かを支配することもなければ
何かに支配されることもなく
決して万物と争わない
水は、障害を障害とすることもなく
己の道へ向かって止まることがない
老子の
「上善如水」(じょうぜんみずのごとし)は
私の座右の銘です。(同名のも日本酒も好きです)
川の水のようにさらさらと生きることができたら・・
素敵ですよね~
「上善如水」は、
固定観念や執着を捨てなさい
「思い通りにしたい」という考えが
「思い通りにならない」現実を創っているのですよ
ということを教えてくれます。
水が、万物と争うことなく、さらさらと流れるのは
「固定された形」というものがないからです。
「本当の自分」とは「上善如水」
もともと私たちは、水のように自然に楽に生きていけるのです。
そしてその方が、計画するより、はるかにスムーズに事が進みます。
この旅は、そのことを思い出す旅なんですね。
上善如水、さらさらと
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さあ「本当の自分」へテイクオフ!

↓ ↓ ↓

2008年05月04日
何もしないでください
突然
「はい、今から3日間、何もしないでください」
と言われたら?

きっと自我くんは大騒ぎすることでしょう。
・・・・しなければいけない
そんな「強迫観念」が次から次へと浮かびあがってくるはずです。
これは、ある国の牢獄で「最も恐ろしい拷問」と呼ばれていた方法です。

深い穴を掘らせる
↓
掘った穴を埋めさせる
↓
また穴を掘らせる
↓
また穴を埋めさせる
これを延々と繰り返させる。
すると、囚人はついに発狂してしまうそうです。
何もしない・・・
これが、自我は大の苦手です。
自我は、何かを為すことによってのみ、
満たされると思っています。
なぜ、自我は行為しなければいけないのか・・

それは、自分を「ドーナツのような存在だ」と
思い込んでいるからなんですね。
自分は、ぽっかりと「穴」が開いている
失敗したら、その穴はますます大きくなっていく・・
その穴を埋めるために、常に何かをしなければならないと
考えているようです。
「はじまりはおわり」
ですから“欠乏感”から始まったことは
満たされることなく“欠乏感”でおわります。
在ること(being)
それが「本当の自分」です。
最初から、すべてに満たされているので
為す、為さないは、まったく関係がありません。
“自分らしく生きる”
それは「行為」ではありません。
「本当の自分」で在れば、
仕事をしていても、趣味をしても、お風呂に入っていても、
寝ていても、何をやっていても、それで“完全”です。

「本当の自分」は「土地」(場)のようなものです。
場があるから、自由に建物を創造することができます。
場がなければ、何も生まれてこないのです。
でも、自我は、自分を「建物だ」と思い込んでいますから
他の建物と比較して、もっと高く、もっと豪華に・・とがんばります。
でも、どれだけがんばっても、比較対象は無数にありますから、
その欲は、一生満たされることはありません。
逆に「本当の自分」は、最初から“完全なる存在”であることが
腑に落ちた瞬間に、永遠の安心感を手に入れることができます。
すると、余分な力が抜けて、無心に行為するので、
やることなすことが不思議とうまくいくのです。
この旅の素晴らしいところは、そのことを
少しずつ体感しながら、思い出していけることです。
そのために、意識の方向を
為すこと(doing)から、在ること(being)へ
外の世界から、内の世界へ とシフトしてくださいね。
本日も爽やかに、ポチッ
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感謝!<(_ _)>
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「はい、今から3日間、何もしないでください」
と言われたら?

きっと自我くんは大騒ぎすることでしょう。
・・・・しなければいけない
そんな「強迫観念」が次から次へと浮かびあがってくるはずです。
これは、ある国の牢獄で「最も恐ろしい拷問」と呼ばれていた方法です。

深い穴を掘らせる
↓
掘った穴を埋めさせる
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また穴を掘らせる
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また穴を埋めさせる
これを延々と繰り返させる。
すると、囚人はついに発狂してしまうそうです。
何もしない・・・
これが、自我は大の苦手です。
自我は、何かを為すことによってのみ、
満たされると思っています。
なぜ、自我は行為しなければいけないのか・・

それは、自分を「ドーナツのような存在だ」と
思い込んでいるからなんですね。
自分は、ぽっかりと「穴」が開いている
失敗したら、その穴はますます大きくなっていく・・
その穴を埋めるために、常に何かをしなければならないと
考えているようです。
「はじまりはおわり」
ですから“欠乏感”から始まったことは
満たされることなく“欠乏感”でおわります。
在ること(being)
それが「本当の自分」です。
最初から、すべてに満たされているので
為す、為さないは、まったく関係がありません。
“自分らしく生きる”
それは「行為」ではありません。
「本当の自分」で在れば、
仕事をしていても、趣味をしても、お風呂に入っていても、
寝ていても、何をやっていても、それで“完全”です。

「本当の自分」は「土地」(場)のようなものです。
場があるから、自由に建物を創造することができます。
場がなければ、何も生まれてこないのです。
でも、自我は、自分を「建物だ」と思い込んでいますから
他の建物と比較して、もっと高く、もっと豪華に・・とがんばります。
でも、どれだけがんばっても、比較対象は無数にありますから、
その欲は、一生満たされることはありません。
逆に「本当の自分」は、最初から“完全なる存在”であることが
腑に落ちた瞬間に、永遠の安心感を手に入れることができます。
すると、余分な力が抜けて、無心に行為するので、
やることなすことが不思議とうまくいくのです。
この旅の素晴らしいところは、そのことを
少しずつ体感しながら、思い出していけることです。
そのために、意識の方向を
為すこと(doing)から、在ること(being)へ
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2008年05月01日
インナーマリッジ~内なる結婚~ [39]
“分離ゲーム”ですか・・
そう、ゲームだ
「宇宙」をまるごとひとつの“ゲーム”だと
考えればわかりやすいな
う~ん、なんか壮大すぎてイメージができないわ・・
じゃあ、目をつぶって、イメージしてごらん
陽子の目の前に、テレビがあるとする

今、テレビ画面には「宇宙」が映っている
この「宇宙」がゲームが繰り広げられるステージだ
これならイメージできるだろ?
ええ、できます

「宇宙」はまだ創世記だ
ビックバンが起こり、留まることなく、どんどんと広がっていく
どうだい、楽しいかい?
う~ん、壮大ですごいと思いますけど・・
観ているだけだから、楽しいという感覚はないですよね
じゃあ、どうする?
どうするって・・・
まったく無制限に想像してみなよ
陽子が自由にできるゲームだからさ
・・じゃあ、この宇宙の中に入ってみたいな
そうだ
このゲームの中に、自分の分身を作ってみるわ
そっか、それは面白いな
陽子は、宇宙で最初の人間になったわけだ
気分は、どうだい?
はあ、気持ちいいですね~
「宇宙」まるごと、私のものだわ
それは良かった
で、楽しいかい?
・・・そうですね
確かに気持ちいいけど、
まだ楽しいという感覚はありません
一人だと何も起こらないし、退屈でさびしいですね

そうだな
プレイヤーが一人だと
何も起こらないし、何も知ることもない
自分が陽子であることもわからないだろ?
えっ、それはどういうことですか?
では、逆に質問するけど
このゲームの中で、
どうやって自分が「陽子」であることを
確認するんだい?
つづく
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「インナーマリッジ」を最初から読む
[舞台] 神戸・北野坂の紹介
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2008年04月29日
自己を立てるから、相手が立つ
「自己を立てるから、相手が立つ」
これは、デスクの前に貼っている教訓です。
とてもシンプルで深い言葉です。
この訓えが、体験を通して、腑に落ちてくると
この旅は加速していきます。
私が「浄化の旅」に出発した当時は、何も疑うことなく
「相手が立つから、自分も立つ」のだと思っていました。
だから
自分を守るために、自己を“正当化”しなければいけない。
それは、ごく自然なことなんだ。
でも“お試し”から学ぶことは、いつもいつも
「自己を立てるから、相手が立つ」でした。
そのことがわかりだしてから
自分が変われば、面白いように、相手も変わりました。
自分を立てなければ、相手も立ちませんでした。

いつも正しくありたい自我くんは、
キョロキョロと相手を探していたわけです(笑)
相撲は、ひとりでは取ることができませんから・・
すべては「自分発」だった!
やっぱり「現実」は、自分が創っているんですね~
GWも軽快に、ポチッ
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いつもありがとうございます。感謝!<(_ _)>
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これは、デスクの前に貼っている教訓です。
とてもシンプルで深い言葉です。
この訓えが、体験を通して、腑に落ちてくると
この旅は加速していきます。
私が「浄化の旅」に出発した当時は、何も疑うことなく
「相手が立つから、自分も立つ」のだと思っていました。
だから
自分を守るために、自己を“正当化”しなければいけない。
それは、ごく自然なことなんだ。
でも“お試し”から学ぶことは、いつもいつも
「自己を立てるから、相手が立つ」でした。
そのことがわかりだしてから
自分が変われば、面白いように、相手も変わりました。
自分を立てなければ、相手も立ちませんでした。

いつも正しくありたい自我くんは、
キョロキョロと相手を探していたわけです(笑)
相撲は、ひとりでは取ることができませんから・・
すべては「自分発」だった!
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2008年04月25日
旅の途中
---------------------------------------------------------------------
どこまで浄化する必要があるのでしょうか?
まったく観念(思い込み)を持たずに生きる、
それを栗A太さんは目指していらっしゃいますか?
------------------------------------------------------------------------
これは、旅のコミュニティでいただいた質問です。
人生上昇塾では、
「人生は、見たい風景を見るためにある」
という考え方をしています。
ですから、すべては“その人次第”なんですね~

旅に出発して、「おっこれこれ、この風景が見たかった!」
と感じれば、それですべて良しですよね。
そこで、浄化の旅を終えて、安住すればいいわけです。
「いや、もっとこの先にある風景が見たい!」
と感じれば、淡々と進んでいけばいいですね。
この旅には
「・・・しなければいけない」というルールは存在しません。
すべては、旅人であるあなた次第です。
「観念」は、無数にあります。
本やテレビを見ているだけでも、どんどんと新しい情報が
「自我の常識」となっていくはずです。

電波も届かない、人もいない山の奥ならまだしも
みなさんは、この混沌とした「娑婆(しゃば)」で
生活しているわけですから
自我と離れて、無我の境地で生きるのは、
とてもむずかしいことです。
でも、無我(本当の自分)を体験することはできます。
一度、体験してしまえば、そこが「着眼点」となり
そこから「自我」を見ることができるようになります。
すると、何がどうなっていたのかが明らかになります。
「地球」は丸く青い
それが真実であると知ることができたのは、

「宇宙」という着眼点から「地球」を見たからです。
地球から「地球」を見ることができません。
自分では「自分の背中」は見ることはできません。
同じく
自我は「自我」を知ることはできないのです。
自我を知るには、自我を離れて見るしか方法はありません。
自我は「わかった!!」という言葉が大好きですが
本当は「理屈を理解できた」だけなんですね。
山頂へのルートをどれだけ理解しても
山頂へ近づいているわけではありません。
無我(本当の自分)の世界は、
「何もないがすべてがある」
完全に満たされた世界です。
何もしなくても、
最初からすべてが満たされていることがわかります。
一度体験してしまえば、もう迷うことはありません。
あ~、なんだ
そういうことだったのか・・
理屈も、説明も必要なく、すべてが完全に腑に落ちます。
もう何も学ぶ必要はないのです。
でも、これはゴールではなく
本当の人生の「スタートライン」です。
私たちは、実は“ココ”からスタートしたのですが
すっかりと忘れてしまっていただけなんですね。
インターネット講座の「テイクオフ」とは、
もう一度、この“スタートライン”に立つことです。
観念は「自我の真実」です。
観念は、すべて過ぎ去った今、すなわち「幻影」なのですが、
自我は「今ある真実」であると、思い込んでいます。
これらの「無数の幻影」が
苦しみ、不安、恐怖、迷い、ストレスなどを引き起こし
人生をブロックしています。
その観念を浄化ワークで手放していくことによって
少しずつ「自我のパワー」が落ちていきます。

落ち葉を一枚、一枚拾うように
余計なことに捉われず、ただ淡々と浄化を続けていくと
ある時、何の予告もなく、突然それは起こります。
観念(自我)の雲の隙間から、
青空(本当の自分)が見えた瞬間です。
あとは、せっせと雲を消していく(浄化)を続けていくだけです。
すると、どんどんと青空が広がっていきます。
この辺から、心は軽くなり、
ストレスをほとんど感じなくなってきます。
やるべきことは、思考を使わずに
さらさらとやっているという感じです。

最初は、そんな自分を不思議に感じるかもしれませんが
「川の流れにように、さらさらと生きていく」
これが、本来の人間の姿なんですね~
まったく計画していないのに、その方がなぜかうまくいきます。
まるで「緻密な計画書」があるかのように・・
損か得か、正しいか間違いか、勝ちか負けかなどの
二極思考に慣れきっている今の方が
本当は不自然なんですね~
二極思考は、心の中に「陰と陽」を創りだします。
陰と陽は、そもそも「ひとつのもの」です。
ですから、結果的にどちらも体験する人生になります。
私たちは「人生の創造主」
ですから、どんな人生の風景を見るかは
すべて自分が決めることができるのです。

あなたが見たい風景が見えてくるまで
ただ、ただ真剣に・・
ただ、ただ淡々と・・
疲れたら、休みつつ・・
変わりゆく風景を楽しみながら、
マイペースで山を登るような感覚でやってみてくださいね~
本日もさわやかに、ポチッ
とお願いします~
↓
←「メンタルヘルス」にカテゴリーを引っ越ししました~
いつもありがとうございます。感謝!<(_ _)>
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どこまで浄化する必要があるのでしょうか?
まったく観念(思い込み)を持たずに生きる、
それを栗A太さんは目指していらっしゃいますか?
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これは、旅のコミュニティでいただいた質問です。
人生上昇塾では、
「人生は、見たい風景を見るためにある」
という考え方をしています。
ですから、すべては“その人次第”なんですね~

旅に出発して、「おっこれこれ、この風景が見たかった!」
と感じれば、それですべて良しですよね。
そこで、浄化の旅を終えて、安住すればいいわけです。
「いや、もっとこの先にある風景が見たい!」
と感じれば、淡々と進んでいけばいいですね。
この旅には
「・・・しなければいけない」というルールは存在しません。
すべては、旅人であるあなた次第です。
「観念」は、無数にあります。
本やテレビを見ているだけでも、どんどんと新しい情報が
「自我の常識」となっていくはずです。

電波も届かない、人もいない山の奥ならまだしも
みなさんは、この混沌とした「娑婆(しゃば)」で
生活しているわけですから
自我と離れて、無我の境地で生きるのは、
とてもむずかしいことです。
でも、無我(本当の自分)を体験することはできます。
一度、体験してしまえば、そこが「着眼点」となり
そこから「自我」を見ることができるようになります。
すると、何がどうなっていたのかが明らかになります。
「地球」は丸く青い
それが真実であると知ることができたのは、

「宇宙」という着眼点から「地球」を見たからです。
地球から「地球」を見ることができません。
自分では「自分の背中」は見ることはできません。
同じく
自我は「自我」を知ることはできないのです。
自我を知るには、自我を離れて見るしか方法はありません。
自我は「わかった!!」という言葉が大好きですが
本当は「理屈を理解できた」だけなんですね。
山頂へのルートをどれだけ理解しても
山頂へ近づいているわけではありません。
無我(本当の自分)の世界は、
「何もないがすべてがある」
完全に満たされた世界です。
何もしなくても、
最初からすべてが満たされていることがわかります。
一度体験してしまえば、もう迷うことはありません。
あ~、なんだ
そういうことだったのか・・
理屈も、説明も必要なく、すべてが完全に腑に落ちます。
もう何も学ぶ必要はないのです。
でも、これはゴールではなく
本当の人生の「スタートライン」です。
私たちは、実は“ココ”からスタートしたのですが
すっかりと忘れてしまっていただけなんですね。
インターネット講座の「テイクオフ」とは、
もう一度、この“スタートライン”に立つことです。
観念は「自我の真実」です。
観念は、すべて過ぎ去った今、すなわち「幻影」なのですが、
自我は「今ある真実」であると、思い込んでいます。
これらの「無数の幻影」が
苦しみ、不安、恐怖、迷い、ストレスなどを引き起こし
人生をブロックしています。
その観念を浄化ワークで手放していくことによって
少しずつ「自我のパワー」が落ちていきます。

落ち葉を一枚、一枚拾うように
余計なことに捉われず、ただ淡々と浄化を続けていくと
ある時、何の予告もなく、突然それは起こります。
観念(自我)の雲の隙間から、
青空(本当の自分)が見えた瞬間です。
あとは、せっせと雲を消していく(浄化)を続けていくだけです。
すると、どんどんと青空が広がっていきます。
この辺から、心は軽くなり、
ストレスをほとんど感じなくなってきます。
やるべきことは、思考を使わずに
さらさらとやっているという感じです。

最初は、そんな自分を不思議に感じるかもしれませんが
「川の流れにように、さらさらと生きていく」
これが、本来の人間の姿なんですね~
まったく計画していないのに、その方がなぜかうまくいきます。
まるで「緻密な計画書」があるかのように・・
損か得か、正しいか間違いか、勝ちか負けかなどの
二極思考に慣れきっている今の方が
本当は不自然なんですね~
二極思考は、心の中に「陰と陽」を創りだします。
陰と陽は、そもそも「ひとつのもの」です。
ですから、結果的にどちらも体験する人生になります。
私たちは「人生の創造主」
ですから、どんな人生の風景を見るかは
すべて自分が決めることができるのです。

あなたが見たい風景が見えてくるまで
ただ、ただ真剣に・・
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2008年04月23日
ジロジロ見る人
昼食を食べに、職場の近所のお店に入ると、必ず合い席になる。
今日はカウンターに座ったところ、
中年サラリーマンが私のことを店に入った瞬間から、
席に着くまでず~~~~~っとジロジロと見ている。

席についてからも、父親と一緒にいる私と、
父とを交互にジロジロと見ている。
「え?」 (私、なにか変な事したっけ?)
そう思いながら、中年サラリーマンの方を見たら、
しばらく目と目が合ってしまった。
「うわっ!きも~~~(気持ち悪い)」
と思い、思わず心の中で
なに、人のことジロジロ見てんだよ!
なんか文句あんのか!このクソオヤジ!
と、叫んでみて、そのあとふと思った。
ん?待てよ!
私はいったい、なにに引っかかってるんだろう?
私の中の何が刺激されてるんだろう?
そう思って心の中をのぞいてみた。
そうしたら、
「用も無いのに人のことをジロジロ見るのは失礼だ」
といった類の観念が一杯出てきた。
そして、自分が人をジロジロと見るときには
必ず、相手を批難する気持ちで
ワザとジロジロと見る自分の姿に気が付いた。
ああ、そうか
私って、ジロジロ見つめることに
マイナスのイメージ持ってた。
それに気が付いたら
不思議なことにそのオジサン、ジロジロ見なくなった。
さっきまで
人のことを穴が開くんじゃないかと
思うくらいジロジロ見てたのに ・・
そしたら、オジサンの隣に若いサラリーマンが座った。
オジサン、またそのサラリーマンをジロジロと観察しだした。
でも、普段ならまたそこで、カ~~~~~っと頭にくるはずなのに
オジサンのジロジロが面白くなってきて
「また、見てるわ♪見てるわ♪(^o^)」
って、全く感情が動かなかったのには、驚き・・・
後で浄化しようって思って、その場では浄化してないのに
気付いただけで、浄化されちゃうものなのかな?
-----------------------------------------------------------------
いや~ 面白いですね~
上の体験談は「テイクオフコース」を受講されている
もんちっちさんの「他人の視線」という日記です。
ご本人の許可をいただきましたので、転載しました。
「用も無いのに人のことをジロジロ見るのは失礼だ」
この観念を持っている人は

実は「ジロジロ見る人」なんです。
本人は、もう忘れてしまっているかもしれませんが
親か誰かに「ジロジロ見るのは失礼だぞ」と
過去にたしなめられたことがあるんですね。
だから、普段はそうしないようにしています。
ですから、自分が守っていることを、目の前で見せられると
「それはいけないことなんだよ!」と腹が立つわけです。
「私は、あなたが隠している部分だよ」
とおじさんが教えてくれたんですね~
もんちっちさんが、そのことに気づいたので
おじさんは「お役御免」となったわけです。
「自分の中にないものは、反応できない」
この原則をしっかりと理解していれば、
周りから、嫌な人、苦手な人がどんどんと消えていきますよ。
ぜひやってみてくださいね~

本日も景気良く、ポチッ
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いつもありがとうございます。感謝!<(_ _)>
さあ「本当の自分」へテイクオフ!

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インターネット講座「テイクオフコース」
2008年04月20日
心の青空
--------------------------------------------------------
◆すべての原因は、この「私」 chanceさん

閉じ込められていたと思っていたのは錯覚
「私」が自分の手で塀(観念、ルール)を作って
「私」が外に出られないと思っていただけ
宇宙(そら)に境界線がないのと同じく
私の心にも境界線など始めっからなかったのだ
「ある」と思っていたのはこの「私」
「ある」と信じて疑わなかったのもこの「私」
制限や条件を作り出していたのはこの「私」
そんなものは最初からなかったのだ
「ある」と信じ込ませていたのはこの「私」
「ある」と思い込ませていたのもこの「私」
な~んだ、そういうことだったのね
解き放たれた瞬間!!
あ~ぁ、爽快です。
大空を自由に飛びまわっている感覚です
--------------------------------------------------------
インターネット講座「テイクオフコース」に
参加されているchanceさんの日記です。
許可をいただいたので転載しました。
彼女は、20年前にパニック障害と診断されたそうです。
私も以前パニック障害に相当苦しんだので、
よくわかるのですけど
よくぞ20年も!・・と驚きました。
でも「陰極まれば、陽に転ず」です。
苦しみが極まった人は、その分変化も早いんですね。
この日記を読んだ時には、言葉にできないような
なんとも嬉しい気持ちに包まれました。
あの得体のしれない恐怖と不安は
まさにA級のホラー映画の世界でした。
その世界から解き放たれる!
これ以上の「自分へのプレゼント」はないのかもしれません。
パニック障害の原因は、無数の観念で自分を裁くことにあります。
自我は・・
正しい
明るい
優しい
成功
幸福
優秀
偉い
尊敬
好かれる
愛される
支持される
認められる
得する
美しい
など
自分に「常に“陽”のポジションをキープせよ!」
という命令を下します。
陰と陽は、そもそも“ひとつ”ですので
陽に偏り続けるなんて、最初から土台無理な話なんですが
自我は、そんなことはまったくお構いなしです。
ポジションをキープできない自分を裁き、責め続け
そして邪魔する相手を妬み憎む。
ついに自分を心の袋小路に追い込み・・パニックに!
こんな感じで、今なら自分の事を冷静に説明できるのですが
渦中の人のときは、まったくそんなことに気が付きませんでした。
そもそもすべて自我の「自作自演劇場」ですから
元に戻すには、その逆をやっていけばいいだけです。
そう、自分に下した命令「強迫観念」を
ひとつひとつ解除していくことです。
たまねぎの皮をむくような、地味な作業ですけど
思い込みは、有限ですから、必ずchanceさんのように
また懐かしい青空を見る日がやってきます。

いまこの瞬間にも、すべての人の心の中には、青空が広がっています。
思いこみの雲が多すぎて、見えないだけなんです。
今不安や恐怖に苦しんでいる方は、どうかあきらめないでくださいね。
自分のペースで、あせらず一歩ずつです
本日も爽やかに、ポチッ
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◆すべての原因は、この「私」 chanceさん

閉じ込められていたと思っていたのは錯覚
「私」が自分の手で塀(観念、ルール)を作って
「私」が外に出られないと思っていただけ
宇宙(そら)に境界線がないのと同じく
私の心にも境界線など始めっからなかったのだ
「ある」と思っていたのはこの「私」
「ある」と信じて疑わなかったのもこの「私」
制限や条件を作り出していたのはこの「私」
そんなものは最初からなかったのだ
「ある」と信じ込ませていたのはこの「私」
「ある」と思い込ませていたのもこの「私」
な~んだ、そういうことだったのね
解き放たれた瞬間!!
あ~ぁ、爽快です。
大空を自由に飛びまわっている感覚です
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インターネット講座「テイクオフコース」に
参加されているchanceさんの日記です。
許可をいただいたので転載しました。
彼女は、20年前にパニック障害と診断されたそうです。
私も以前パニック障害に相当苦しんだので、
よくわかるのですけど
よくぞ20年も!・・と驚きました。
でも「陰極まれば、陽に転ず」です。
苦しみが極まった人は、その分変化も早いんですね。
この日記を読んだ時には、言葉にできないような
なんとも嬉しい気持ちに包まれました。
あの得体のしれない恐怖と不安は
まさにA級のホラー映画の世界でした。
その世界から解き放たれる!
これ以上の「自分へのプレゼント」はないのかもしれません。
パニック障害の原因は、無数の観念で自分を裁くことにあります。
自我は・・
正しい
明るい
優しい
成功
幸福
優秀
偉い
尊敬
好かれる
愛される
支持される
認められる
得する
美しい
など
自分に「常に“陽”のポジションをキープせよ!」
という命令を下します。
陰と陽は、そもそも“ひとつ”ですので
陽に偏り続けるなんて、最初から土台無理な話なんですが
自我は、そんなことはまったくお構いなしです。
ポジションをキープできない自分を裁き、責め続け
そして邪魔する相手を妬み憎む。
ついに自分を心の袋小路に追い込み・・パニックに!
こんな感じで、今なら自分の事を冷静に説明できるのですが
渦中の人のときは、まったくそんなことに気が付きませんでした。
そもそもすべて自我の「自作自演劇場」ですから
元に戻すには、その逆をやっていけばいいだけです。
そう、自分に下した命令「強迫観念」を
ひとつひとつ解除していくことです。
たまねぎの皮をむくような、地味な作業ですけど
思い込みは、有限ですから、必ずchanceさんのように
また懐かしい青空を見る日がやってきます。

いまこの瞬間にも、すべての人の心の中には、青空が広がっています。
思いこみの雲が多すぎて、見えないだけなんです。
今不安や恐怖に苦しんでいる方は、どうかあきらめないでくださいね。
自分のペースで、あせらず一歩ずつです

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2008年04月18日
I want to live a real life
「本当の自分へ還る旅」の別名は・・「観念世界からの脱出」です。

映画「マトリックス」では、コンピューター(機械)に支配された
仮想現実世界(マトリックス)の中で、人間たちは生きていました。
真実に気づいたごく一部の人間が、マトリックスを抜け出し
仮想現実世界から人間を解放するために、コンピューター(機械)
と戦うストーリーです。
観てないよ~という方は、ぜひレンタルしてみてくださいね。
私たちも映画と同じく「マトリックスの世界」に住んでいます。
ただ、支配しているのは、コンピューター(機械)ではなく
「観念」(思い込み)です。
無数の観念を、自我は“真実だ”と、思い込んで生きてます。
そこは、実体のない「幻想の世界」。
「過去の体験」を、“今”という時を使って、再体験し
まるで“今”起こっているかのように錯覚を創造します。
ベルを鳴らすと、実際には“餌”がなくても
唾液を分泌するパブロフの犬をご存じだと思います。
私たちも、梅干しの写真を見ただけで、唾液が出てきますよね。
私たちの言動のほとんどは、無意識のうちに
自我によって自動運転されているわけです。
眼は、そのものを“あるがまま”に捉えているのですが
自我は、その“あるがまま”を、
観念を通して、まったく別のものにすり替えてしまいます。
好きな人、嫌いな人も、
自分の中のある部分が投影されているだけで
その人そのものを見ているわけではありません。
出来事も、ただ起こっているだけなのですが
自分にとって都合が良いか、悪いか、損か、得か・・などで
ジャッジして、記憶の箱にファイリングしていきます。
「仮想現実世界」を創り上げている観念は、
そもそも実体のない幻ですから、手放すことで、
少しずつ「リアルな現実世界」へ近づいていきます。
浄化ワークを実践されている人は、
人間関係が良くなった ストレスがなくなってきたなど・・
風景が少しずつ変わっていることに気づくはずです。
でも、この旅を進んでいくと、ある関門に出会います。
本当に「リアルな現実世界」に還る気があるのか・・
その決意を試される時です。
映画「マトリックス」では、
救世主ネオの前に、赤と青の錠剤が置かれます。
青の錠剤を飲めば、「仮想現実世界」のベットの上で目を覚ます
赤の錠剤を飲めば、「リアルな現実世界」へ入っていく
さあ、どっちを飲むのだ?
なんて、突然言われたら・・
恐いですよね~
そう、この関門は
観念が創りだした「恐怖・不安」というお試しです。
この「恐怖・不安」は、自我の自作自演であり、幻想です。
この関門を抜ければ、一気に旅は進んでいくのですが
残念ながら・・この関門の前で旅をやめ
「観念の世界」へ戻る人がいるのも事実です。
映画「マトリックス」の中でも、せっかく解放されたのに
自ら「仮想現実世界」へ戻っていく人間が描かれています。
たとえ、バーチャルでも、長年親しんだこの世界。
苦しみもあるけど、耐えられないほどではないし
「観念」を真実だと思っている自我ちゃんを
まるごと“私”として、受け入れて、愛していこう!
このままでいいジャン!
もちろん、それは、それでOKです。
風景という意味では、
「バーチャル」も「リアル」も まったく「同等・同価値」ですから、
良いも悪いもありません。
どっちだっていいんですね~
すべては、本人が決めること
誰にも、風景を押し付けることはできません。
トムクルーズ主演の「バニラ・スカイ」では
主人公のデイヴィッドが、人工的に創られた夢の中の世界に
住んでいたことに気づきます。
「リアルな世界」に戻るためには、彼の恐怖の象徴である
高所(ビルの屋上)から飛び下りなければなりません。
What is happiness to you, David?
(デヴィッド、きみにとっての幸福とは何だ?)
I want to live a real life.
I don't want to dream any longer.
(僕は、リアルな人生を生きたい 夢はもう見たくない)
そして、デイヴィッドが取った行動とは?
私はこのラストシーンが大好きで、何十回と観てしまいました。
DVDを借りて観る!という人は、再生しないでくださいね~
本日も景気良く、ポチッ
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いつもありがとうございます。感謝!<(_ _)>
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インターネット講座「テイクオフコース」

映画「マトリックス」では、コンピューター(機械)に支配された
仮想現実世界(マトリックス)の中で、人間たちは生きていました。
真実に気づいたごく一部の人間が、マトリックスを抜け出し
仮想現実世界から人間を解放するために、コンピューター(機械)
と戦うストーリーです。
観てないよ~という方は、ぜひレンタルしてみてくださいね。
私たちも映画と同じく「マトリックスの世界」に住んでいます。
ただ、支配しているのは、コンピューター(機械)ではなく
「観念」(思い込み)です。
無数の観念を、自我は“真実だ”と、思い込んで生きてます。
そこは、実体のない「幻想の世界」。
「過去の体験」を、“今”という時を使って、再体験し
まるで“今”起こっているかのように錯覚を創造します。
ベルを鳴らすと、実際には“餌”がなくても
唾液を分泌するパブロフの犬をご存じだと思います。
私たちも、梅干しの写真を見ただけで、唾液が出てきますよね。
私たちの言動のほとんどは、無意識のうちに
自我によって自動運転されているわけです。
眼は、そのものを“あるがまま”に捉えているのですが
自我は、その“あるがまま”を、
観念を通して、まったく別のものにすり替えてしまいます。
好きな人、嫌いな人も、
自分の中のある部分が投影されているだけで
その人そのものを見ているわけではありません。
出来事も、ただ起こっているだけなのですが
自分にとって都合が良いか、悪いか、損か、得か・・などで
ジャッジして、記憶の箱にファイリングしていきます。
「仮想現実世界」を創り上げている観念は、
そもそも実体のない幻ですから、手放すことで、
少しずつ「リアルな現実世界」へ近づいていきます。
浄化ワークを実践されている人は、
人間関係が良くなった ストレスがなくなってきたなど・・
風景が少しずつ変わっていることに気づくはずです。
でも、この旅を進んでいくと、ある関門に出会います。
本当に「リアルな現実世界」に還る気があるのか・・
その決意を試される時です。
映画「マトリックス」では、
救世主ネオの前に、赤と青の錠剤が置かれます。
青の錠剤を飲めば、「仮想現実世界」のベットの上で目を覚ます
赤の錠剤を飲めば、「リアルな現実世界」へ入っていく
さあ、どっちを飲むのだ?
なんて、突然言われたら・・
恐いですよね~
そう、この関門は
観念が創りだした「恐怖・不安」というお試しです。
この「恐怖・不安」は、自我の自作自演であり、幻想です。
この関門を抜ければ、一気に旅は進んでいくのですが
残念ながら・・この関門の前で旅をやめ
「観念の世界」へ戻る人がいるのも事実です。
映画「マトリックス」の中でも、せっかく解放されたのに
自ら「仮想現実世界」へ戻っていく人間が描かれています。
たとえ、バーチャルでも、長年親しんだこの世界。
苦しみもあるけど、耐えられないほどではないし
「観念」を真実だと思っている自我ちゃんを
まるごと“私”として、受け入れて、愛していこう!
このままでいいジャン!
もちろん、それは、それでOKです。
風景という意味では、
「バーチャル」も「リアル」も まったく「同等・同価値」ですから、
良いも悪いもありません。
どっちだっていいんですね~
すべては、本人が決めること
誰にも、風景を押し付けることはできません。
トムクルーズ主演の「バニラ・スカイ」では
主人公のデイヴィッドが、人工的に創られた夢の中の世界に
住んでいたことに気づきます。
「リアルな世界」に戻るためには、彼の恐怖の象徴である
高所(ビルの屋上)から飛び下りなければなりません。
What is happiness to you, David?
(デヴィッド、きみにとっての幸福とは何だ?)
I want to live a real life.
I don't want to dream any longer.
(僕は、リアルな人生を生きたい 夢はもう見たくない)
そして、デイヴィッドが取った行動とは?
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インターネット講座「テイクオフコース」
2008年04月14日
旅のはじまり

私の「自己探求の旅」は、
津留晃一さんの本を閉じた時にはじまりました。
えっ? 開いた時じゃないの?
と思うかもしれませんが、実はそうではなかったのです。
事業の低迷、パニック障害を発症したことで、
自分の心に興味を持ち
突然、ホテルで遭遇した「神秘体験」がキッカケで
毎日のように津留さんの本を読み
ビデオを見て、CDを聴きました。
この人すげ~よ!
この人の言っていることは正に真理だ!
暗記するように、日々頭にその教えを叩きこんでいきました。
でも、悲しいことに・・・
現実はまったく何も変わりませんでした。
これだけ学んだのに一体なぜ?・・・心からガッカリしました。
そんなある日「あること」に気づいたのです。
それは、津留さんが言っていることが
どんどん変わっているということです。
すごい勢いで進化していっているんですね。
その時やっと
あっ、これは津留さんが見ている風景画なんだ!
だから変わっていくんだ
人が見た風景を記憶して、自分が変わるはずないジャン!
ということに気づきました。

そして、本やビデオなどの「外からの情報」を遮断し
私の旅がはじまりました。
幸いにも、仕事が軌道に乗ってきたので、
会社はスタッフにまかせて、自宅に引きこもり
約2年あまり、自己観察(内観)と浄化に明け暮れました。
旅のはじまりは、自我との戦いの日々でした。
何度も、何度も同じ落とし穴にはまり・・・
怒りと情けなさから逃げるために、酒を煽りました。
「早くこんなことをやめて、仕事に戻れ!!」
「家族を路頭に迷わすつもりか、愚か者め!」
自我の勝ち誇ったようなその言葉に
悔し涙を流しながら、居酒屋で飲んでた日々が
懐かしく思い出されます。
でも、ついにそんな努力が報われる日がやってきます。
ある日、自我の声が、突如小さくなったのです。

「人生の支配権」を自我から取り戻した瞬間でした。
あれだけ手を焼いていた自我の抵抗がガクン!と弱まりました。
すると・・
自我が何のために、何を考え、どうしたいのかが
手に取るようにわかりました。
そこから、この旅は面白いようにスムーズに進んでいきました。
人生が、心が、何が一体どうなっていたのかが、
透けて見えてきました。
予想していた通り
自我には、“実体”がありませんでした。
自我は、過去の記憶をすべて“真実”だと思い込んでいたのです。
そして、その思い込みが目の前の現実を創り上げていました。
“今”という時を使って、ずっと“過去”を生きていたわけです。
実は“あるがまま”を見ているのではなく、
自分で貼った“ラベルの集合体”を見ていることもわかりました。

まさにそこは、映画マトリックスさながらの世界です。
不安や恐怖も、すべて「自我の自作自演」でした。
「自我の真実」である思い込みを浄化ワークで手放していくと、
自我は、どんどんと軽くなっていきました。
そして気がつくと、ストレスも不安もなくなり、
パニック障害もいつのまにか消えていたのです。
というのが、私の旅のはじまりの話です。
いつかこの続きも書いてみたいな~と思います。
そうそう最近、
私に津留さんのことを聞いてくる方が多いのですが
私は津留さんのことを何も知りません。
もちろん津留さんの弟子でもありません。
私の人生のターニングポイントとなった敬愛している大恩人です。
でも実際に、体験したことも、考え方も違います。
講座や教材では、自分が実際に旅をして見てきた風景を
わかりやすくお伝えしているのであって、
津留さんの教えを広めているわけではないので、
どうぞお間違えなきように・・
インターネット講座の中でツアーガイドのakiさんが
「旅の道のり」という連載を書いています。
彼女は、当時“人気ヒーラー”だったのですが
その仕事や地位を手放して、この自己探求の旅に
出発された勇気ある女性です。
ちょうど、この記事と同じような内容がアップされていました。
ご本人の許可をいただきましたので、以下に転載いたします。
-----------------------------------------------------------------------------------
連載「旅の道のり~8」

私は浄化の旅を始めるまで
日々、読書に明け暮れていました。
真理を求めて心の救いを求めて大量に読み漁りました。
結局・・・
いくらたくさんの本を読んだって 何度読んだからって
自分で体験しなければ
本当のことは何一つ分かっていませんでした。
分かったつもりになるだけ
本に書かれている言葉に酔っていたことに気づきました。
崇高な真理も
自我の餌になるだけ
自我を得意がらせるだけ
私は分かった!
私は知っている!
そして、知らない人を心のどこかで差別して
自分が「特別な何者か」になった気になっていました。
私はメッセンジャーだ
私は癒しの道具だ
↑
これ謙虚なつもりが全然謙虚でも
なんでもなかったんですね~(^_^;)
こんな落とし穴から
目を覚まさせてくれたのが「浄化ワーク」でした。

自分で歩かなければ風景は変わりません。
人のスケッチを見て
その気になっているだけでは
どうしようもないのです。
共鳴する素晴らしい真理も
それはその人が見た風景なんですね~
自分の足で歩いてみなければ
同じ風景を見ることはできないし
そして全然違う風景を見るかもしれない。
その自分の体験こそが「自分の真理」です。
世界の覚者が言うことは
ほとんど同じ一点のことを言っています。
目覚めなさい
幻から目覚めなさい
真実の自分に目覚めなさい
でもそこに至るアプローチはみな違います。
瞑想が大事だという人もいれば
瞑想なんて必要ないという人もいる
欲を捨てなさいという人もいれば
欲を捨てる必要はないという人もいる
どれが正しい間違いではなくて
山頂は同じでもルートは無数にあるんですね。
人が歩いているルートを支持したり
批判しても、まったく意味はないのです。
自分とって必要な道をみな歩くだけ。
それはやはり歩いてみなければ分からないもの。
歩いてみて、これこそ「自分の道だった」と分かる。
地図を見てるだけでは、旅はできません。
他人の旅写真を見せても風景を語ることはできないし
自分が旅をしたとは言えないですよね。
私も自分が体験したことしか
みなさんにお伝えすることはできません。
おかげさまで
自分が真に癒されてもいないのに
他人にヒーリングしていた頃の
迷いや葛藤、焦りや欲はさっぱり消えました。
苦しかった違和感がなくなりました。
本当に楽になりました。
自分を浄化するだけ。
それだけでいいんだ。
自分の道がハッキリとみえて
やっとあちらこちらに心彷徨うことなく
安心して歩けるようになりました。
自分の足で歩くことがイチバンです!
そのためには・・・
人ではなく自分を観る。外ではなく自分を観る。
私も自分を観ているつもりでも
なかなか外側へ意識が向く癖が抜けませんでした。
外側ばかりみてる間はうまくいきません。
意識を自分の内側にだけ向けることが
浄化の旅には最も大事なことなんですね。
自分が何を言っているのか?
自分が何をしているのか?
自分が何を感じているのか?
自分が何を認めたくないのか?
自分が何を否定しているのか?
自分が何に抵抗しているのか?
とにかく「すべては自分」です。
自分の心に意識を集中させること。
自我に負けないように
しっかり注意してみてくださいね~
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インターネット講座「テイクオフコース」
2008年04月07日
ピンポンおばさん♪
自宅のアパートに通称「ピンポンおばさん」が住んでいます。
ピンポンおばさんは、突然やってきます。

左手でピンポン(呼び鈴)を連打しながら、
鍵を持った右手でドアをカンカンと激しく叩きます。
それは、それは、すさまじい勢いです。
なんせドアの塗料がはがれてくるぐらいですから・・
その音は、部屋中に響き渡ります。
おばさんの攻撃はいつも約3分。(ウルトラマンか!)
ドアを開けないと、次に隣の部屋に移動します。
誰も開けなければ、2度、3度と回ってきます。
ピンポンおばさんは、いつ何時来るのかまったくわかりません。
朝6時に来たこともあります。
女性のひとり住まいだったら、
きっと震え上がる
に違いありません。 おばさんの攻撃に負けて
もしドアを開けてしまったら・・・
ドアの間から手をグッと前に差しだし、こう言うのです。

「おにいちゃん、500円貸してくれない?」
数か月前までは、1000円だったのですが、
最近は、誰もドアを開けないようで、値下がりしたようです。
認知症の気があるようで、貸しても当然返ってきません。
もちろん、このおばさんのことを知らない住人はおらず
息子さんは働きに出ており、
管理会社も頭を抱えているところです。
昨日も娘と電話しているときに
ピンポンおばさんがやってきました。
当然のことながら、
まったく娘の声は聞き取ることができず、
やむなく電話を切りました。
実は、このおばさんは、私の「観念浄化」の良き教材
として活躍してくれています。
半年前に初めて来たときは、かなりのストレスだったのですが
“善悪”や“怒り”の思い込みを手放したことによって
いまでは、ほとんど感情も動くことがなくなりました・・・
が、今回の攻撃は、いつもよりロング&パワフル!
日曜日の静かな午後のひととき
しかも娘と電話中だったこともあって
さすがに、少しムっとした感情が湧いてきました。
その瞬間に「そうや!坐ってみよう」と閃きました。
最近、空いている時間があれば、坐禅をすることにしています。

只吐く、只吸う・・
ただ呼吸とひとつになるだけなのですが
これが大変にむずかしいのです。
雑念は、途切れることなく雲のように流れてきます。
気がついたら、いつの間にか雲の中です。
ただ“禅ツール”と呼ばれている「観念浄化ワーク」を
長い間、やってきたおかげか
ここ数日は、すぐに雑念が切れるようになって
少しずつ「空の世界」を体験できるようになってきました。
ピンポン、ピンポン!ガンガンガン!(やかましい!)
只吐く、只吸う
ピンポン、ピンポン!ガンガンガン!(いいかげんにせえ!)
只吐く、只吸う
ピンポン・・ガン(もうやめて・・)
只吐く、只吸う
ピ・・・・
只吐く、只吸う
・・
只吐く、只吸う
おばさんの攻撃音は、少しずつ遠くなっていきました。
そして、車の騒音や鳥の鳴き声と同じように
まったく気にならない「ただの音」になりました。
縁が切れた!
こちらが無になれば、あちらも無になる
「やはり、縁を結んでいたのは、自分だった」
ということがはっきりとわかりました。
私たちは「外の世界」に現実があって
その影響で、感情が動いていると考えがちですが
本当は“逆”なんですね。

こちらの方から
「外の世界」の現象に向かって“縁の輪”を投げ、
しっかりその縄をつかんでいるわけです。
ですから、その縁を切ってしまえば
それは、“そのもの”となります。

雨は、ただ雨なのですが
憂鬱と縁を結べば「憂鬱な雨」になります。
さらに厳密に言うと・・
雨という現象は、“雨”という言葉と結んでしまうと
その本質から離れてしまいます。
縁を結んでいるときは、それを“そのもの”として
捉えることはできないわけです。
私たちは、無意識のうちに、無数の“縁の輪”を
現象と結んでいるんですね~
「あるがままを見る」
言葉にするのは、簡単ですが
実は、なかなか深い世界であるな~と感じた一日でした。
ピンポンおばさんに
合掌
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2008年04月02日
「真理はひとつ」 津留さんと山口さんのお話
昨夜、沖縄に遊びにきている山口潤子さんとお会いしました。
山口さんは、私のメンター&恩人である津留晃一さんの
実のお姉さんです。
津留さんは、2000年に他界されているので
山口さんから津留さんの話を聞けるのは
私にとっては、めちゃくちゃ貴重なことなんです。
ざっくばらんにいろいろな話をお聞きしたのですが
その中でも一番心にズシン!と響いたのは
「真理はひとつ」という話でした。

津留さんの「自己探究の旅」は、自分が経営し、
株式公開直前だった会社の倒産がキッカケとなりました。
宇宙からのメッセージやガイドをいただきながら、
津留さんはその当時としては、とても大胆で素晴らしい教えを
講演会やセッション、出版などで広く伝えていかれました。
そんな旅の道中で、
精神世界では有名な本「神との対話」や
「禅の世界」に出会います。
ここからが面白いのですが、
津留さんはセッション中に、
「あとは、神との対話の○○ページに詳しく書いてあるから
読んでおいてください」
なんてやっていたそうです。
信じられます?
山口さんから、この話を聞いたときに
思わず吹きだしてしまいました(笑)
だって、自分のセッションで、別の人の本を読めだなんて・・
禅についても
「ああ、なんだ。禅がすべてを教えてるじゃないか!」
とクライアントに禅を薦めていたようです。
栗A太 「はぁ~津留さんって、ほんと面白い人ですね~」
山口さん「真理はひとつですからね」
栗A太 「そうですね」
山口さん「真理とつながって、何を引き出すかは
その人次第ですから」
栗A太 「
なるほど、そういうことですか
」 「真理はひとつ」
私は、この当たり前のことを、これまで
まったく理解できていないことに気づきました。
だって・・
「真理はどこにあるんだ? う~ん、これでもない、あれでもない」
そして、ようやくたどり着いたのが津留さんの教えの中心にある
「自己浄化」だったのですから・・
世の中には、いろいろな教えがありますが
ある意味、すべてが「真理」なんですね。

「真理」のどこにアクセスして、
何を引き出し、どのように伝えるか・・
神様、仏様、本当の自分、大いなる自己、ハイアーセルフ
真我、大我、光、全体・・・・
それを何と呼ぼうが、その人次第というわけです。
津留さんも、ニール・ドナルドウォルシュさんも、禅寺の住職さんも
みんな同じ真理を語っているんですね。
私は最近になって、坐禅をやったりして、
「禅の世界」を学びはじめたのですが
津留さんの教えとほとんど同じことに驚きました。
と言いましても、
真理を語っている人の中には、
たまに不可解な偏った教えがありますよね~
それは、真理が「自我」を通じて伝えられるからなんですね。

光が「プリズム」を通過すると、いろいろな色になって分散する
それと同じことのようです。
ですから、自我の強い人の教えは
どうしても偏って聞こえてしまうんですね。
(はい、過去の私です
) 「これこそ真理だ!この人の教えこそ本物だ!」
そんなものは、最初からどこにもなかったわけです。
はああ~~、すっきりした
もうそろそろ
誰の教えが真理だとか、どこの誰が本物だとか・・
そういう時代は終わろうとしていると感じています。
「真理はひとつ」であり、最初からそこにあるもの。
「真理」は故郷であり、私たちはそこから来ているわけです。
「真理」は到達点ではなく、私たちの出発点です。
ですから、本来は、学ぶのではなく、思い出すものなんですね。

せっかく地球に生れてきたのですから
「真理」をとことん使い倒して、
大いにこの人生を遊んで還りたいものです。
最後に、山口さんにある大胆な提案をしてみました。
すると「はい、いいですよ」と心よく承諾していただきました。
本当なら、こちらから出向かなければいけないのですが
このタイミングで沖縄に遊びにきてくれました。
すべてを宇宙の流れに任せていると
なんでもスムーズに流れていくんですね。
GW頃には、実現できそうですので、どうぞお楽しみに!
山口さん、そして津留さん
貴重な時間とお話をどうもありがとうございました!
感謝!<(_ _)>
山口さんの「津留晃一の世界~集合人編集局」は
http://www1.ttcn.ne.jp/~turu/ です。
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2008年03月28日
魔境の住人
昨年トークライブをご一緒した
阿部敏郎さん(いまここ塾)から「魔境」の話を聞きました。

至福体験や神秘体験をして、“全体”と一体感を感じた人間は
「自分はすごい人間だ」と思い込んでしまう。
その結果、自我(エゴ)がますます大きくなっていき
その世界から、なかなか抜け出せなくなってしまうんだ。
それを禅の世界では「魔境」と呼ぶんだよ。
という話です。
これを聞いた私は「ドキっ!」としました。
まさしく以前の私は「魔境の住人」だったからです
突然の「至福体験」、
そして「観念浄化ワーク」との出会い
まさに“魔境への超エリートコース”です。
今思い返せば、ダハハ・・
ですね。
さて「魔境の住人」になるとどうなるのか・・
なぜか、やればやるほど物事がうまく進まなくなっていきます。
うん? まだ努力が足りない?
でも、一生懸命やってもまったく逆風は収まりません。
今その当時を振り返ってみると
何をやっていたのかがよくわかります。

自分の体験を“絶対”とし
自分を「陽」としているんですね。
ですから、それ以外はすべて「陰」です。
それを本人は、まったく気づいていないのですから
まさに「魔境」(笑)
自ら二元世界を創って、その片極から片極を見ている
んですから、本質が見えるわけがないんですね~
陽が大きくなればなるほど、
陰も同じく大きくなりますから
どんどんと抵抗が強くなっていきます。
さてどうやったら、この魔境から抜け出せるのか?

そこで働くのが「宇宙の原則」です。
宇宙は、バランスの世界ですから
自動的に「強制リセット」されます。
要するに「おまえは偏っているぞ!」って教えてくれる
出来事がどんどんと起こってくるんですね。
もう知らんぷりできないくらいに・・
だから、逃げても無駄です(笑)
ほんと、この宇宙はどこまでも、親切にできていますよね~
でも「魔境体験」は、決して悪いことではありません。
それどころか、とっても大切なことを教えてくれます。
「人生に無駄なし」です。
ですから、安心してすべてを委ねきってくださいね。
「魔境」は、誰でも一度は通る道・・
人生の味わい深い風景のひとつです。
とても人間らしくっていいじゃないって、今は思います
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阿部敏郎さん(いまここ塾)から「魔境」の話を聞きました。

至福体験や神秘体験をして、“全体”と一体感を感じた人間は
「自分はすごい人間だ」と思い込んでしまう。
その結果、自我(エゴ)がますます大きくなっていき
その世界から、なかなか抜け出せなくなってしまうんだ。
それを禅の世界では「魔境」と呼ぶんだよ。
という話です。
これを聞いた私は「ドキっ!」としました。
まさしく以前の私は「魔境の住人」だったからです

突然の「至福体験」、
そして「観念浄化ワーク」との出会い
まさに“魔境への超エリートコース”です。
今思い返せば、ダハハ・・
ですね。 さて「魔境の住人」になるとどうなるのか・・
なぜか、やればやるほど物事がうまく進まなくなっていきます。
うん? まだ努力が足りない?
でも、一生懸命やってもまったく逆風は収まりません。
今その当時を振り返ってみると
何をやっていたのかがよくわかります。

自分の体験を“絶対”とし
自分を「陽」としているんですね。
ですから、それ以外はすべて「陰」です。
それを本人は、まったく気づいていないのですから
まさに「魔境」(笑)
自ら二元世界を創って、その片極から片極を見ている
んですから、本質が見えるわけがないんですね~
陽が大きくなればなるほど、
陰も同じく大きくなりますから
どんどんと抵抗が強くなっていきます。
さてどうやったら、この魔境から抜け出せるのか?

そこで働くのが「宇宙の原則」です。
宇宙は、バランスの世界ですから
自動的に「強制リセット」されます。
要するに「おまえは偏っているぞ!」って教えてくれる
出来事がどんどんと起こってくるんですね。
もう知らんぷりできないくらいに・・
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インターネット講座「テイクオフコース」
2008年03月26日
何も感じない・・・の巻
2月に開講した
インターネット講座「テイクオフコース」は
ミクシィ(mixi)と同じようなSNSを使っています。
受講生のみなさんは、気づいたことや今の状況を
日記に書いて公開しています。
その日記を読んだり、コメントを書いたりすることで
潜在意識に深く沈んで、自覚できなかった思い込みが
どんどんと浮かび上がってきます。
だから早いんですね~
私が人生をブロックしている思い込みを手放す
「観念浄化ワーク」をやりだした頃は、
周りに浄化をやっている人が誰もいない「ひとり旅」だったので
自分がいまどの辺を旅しているのかまったくわかりませんでした。
一歩進んで二歩下がる
いったい俺は何をやってるんだろう?
と何度、途中でやめようと思ったことか・・
そんな自分に比べて、講座の受講生のみなさんは、
3~5倍速ぐらいで進んでいるように感じています。
「集団意識の力はすごい!」と驚いている今日この頃です。
今回は、掲載許可をいただきましたので
講座の日記の中から、chanceさんの
「何も感じない・・・の巻」をご紹介します。

今の事務所は
1階から4階まで各フロアーごとに部署が別れていて
私は一番上の階で、トップと専務と仕事をしています。
トップはめったに会社に顔を出さないし
専務は出張やら、関連会社の応援やらで、留守がち。
私一人で、部屋にこもって事務処理をしている状態。
それが他のフロアーの人たち
特に若い連中にしてみれば面白くないらしい。
しかも、総務という部門は生産性のない部署ですから
俺たちがこんなに働いているのにという思いやら
誰にも管理されていない状態=好き勝手が出来ると
思い込んでいるようで
ほんとに仕事してるの?
妬み、嫉み、やっかみが渦巻いて
遠まわしに私の耳に入ってきます。
それが私の最大のストレスの原因でもあったわけで
右から左へ聞き流すことが出来ずに
イライラ&ムカムカの毎日。

「どいつもこいつも、勝手なことばかり言って~!」
という思いがピークに達し
朝、誰もまだ出勤していないとき、思いっきり
ガラスを蹴飛ばして割ってしまったこともあります(笑)
『誰も分かってはくれないんだ。
何をやっても分かってはもらえないんだ。』
そんな思いが渦巻いていました。
「あの野郎!」とか「なめんなよっ!」って
感情を浄化しても、一時的には気持ちがおさまるものの
根本的な解決にはなっていなくて
そんな自分にも手を焼いていたのです。
「あんなヤツ、いなくなればいいのに」
「あんなヤツ、首にしちゃえばいいのに」
そんなことばかり、考えていました。
誰かに何かを言われることにとっても敏感になっていて
事務処理は終わっていても、みんなが退社する時間まで
意味もなく残っていたこともあります。
嫌われないように、誤解されないように
私なりに気を使っていましたが、結局は
それも無駄な努力だったことが分かり
「必要のない人間」だと思われているのだったら
辞めるしかないよな~。
そんなことを考えていたときに
このインターネット講座に来ました。
受講生仲間のおかげで、面白いように浄化が進み
ふと、気づいてみれば・・

ストレスを感じていない自分
他人の思いに振り回されていない自分
が居ました。
何とかしよう!どうにかしなければ!と
足掻いていた自分の姿がどこにもないのです。
あれっ!なんでだろう?
やった~!という達成感があるのかと思いきや
穏やかな自分がいるだけでした。
へぇ~、浄化ワークをすると
こういう状態になってしまうんだ~!
これも新しい発見でした。
chanceさん、掲載許可をありがとうございました~
次回は、この「何も感じない・・・」がなぜ起こったのか
わかりやすく解説したいと思います。
どうぞお楽しみに~
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2008年03月25日
あ~ それって俺ジャン!
近所のスーパーに買い物にいきました。
歩道を歩いていると、建物から車が出てきて
歩道をふさぎました。

こんなことは沖縄では日常茶飯事。
歩行者優先の感覚が内地とちょっと違うんですね。
ちょっと待てばいいじゃん!
あまり細かいこというなって感じです(笑)
その辺が、沖縄の大らかさなのかもしれませんね~
この日もまあ、そんな感じだったのですけど
ドライバーはちゃんとこっちを確認して
歩いてくるのがわかっているのに、
歩道に出てくるわけです。
さすがに
ちょっとムっ
としました。
で、ちょっと内観してみたんですね。
なんで、ムっとしたのか?
すぐに出てきました。
「ここは歩道だ。歩行者が優先されるべきだ!」
で、ハっ
としました。
あ~ あのドライバーも俺ジャン!
要するに、
自己優先VS自己優先です。
「私を先に行かせろ!おまえはちょっと待っておけ!」
がぶつかっているわけです。
ムっとしたとき
その相手はやっぱり“自分”なんですね~
ちょっと笑ってしまいました
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歩道を歩いていると、建物から車が出てきて
歩道をふさぎました。

こんなことは沖縄では日常茶飯事。
歩行者優先の感覚が内地とちょっと違うんですね。
ちょっと待てばいいじゃん!
あまり細かいこというなって感じです(笑)
その辺が、沖縄の大らかさなのかもしれませんね~
この日もまあ、そんな感じだったのですけど
ドライバーはちゃんとこっちを確認して
歩いてくるのがわかっているのに、
歩道に出てくるわけです。
さすがに
ちょっとムっ
としました。 で、ちょっと内観してみたんですね。
なんで、ムっとしたのか?
すぐに出てきました。
「ここは歩道だ。歩行者が優先されるべきだ!」
で、ハっ
としました。 あ~ あのドライバーも俺ジャン!
要するに、
自己優先VS自己優先です。
「私を先に行かせろ!おまえはちょっと待っておけ!」
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2008年03月23日
「他人は合わせ鏡」体験談
インターネット講座を受講されている女性から
「他人は合わせ鏡」の体験談をいただきましたのでシェアします。
感謝!<(_ _)>
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私は、
観念浄化ワークを使って、
「本当の自分へ還る旅」をしています。
「人のふり見て我がふり直せ」
という言葉をよく聞きます。
でもそれって、
言葉では簡単ですけれど、
なかなか難しいですよね・・・

以前、
弟の結婚式で集まった親戚一同の振る舞いを見て、
とってもイライラし始めました。
文句だけ言って何にも行動しない人、
わがまま言いたい放題の人、
などなど。
「あー、私がイライラしたらダメだ、祝いの席なのに。
しかも自分の弟の。
せっかく遠いところから来てくれているんだから、
ありがたいと思わないと」
と前向きに思い直し、
感情を我慢して出さないようにしていました。
・・・でも
イライラが究極に達して
自分の感情が、表情や態度に出るようになりました。
で、思いました。
「他人は合わせ鏡だったら・・・。
いや、絶対あれが自分の姿だなんてありえない!!
あんな訳がない!!
でも、今のこの自分の状況はまずいな・・・。」
その頃、浄化ワークを知っていたので、
ちょっと席を外してから、
イライラした感情を
ワークで手放しました。
そうしたら、
イライラがなくなりました。
そしてその人達の行動は
自分の姿を映し出した鏡で、
自身も普段そういう態度を取っていることに気づき、
「あー、自分の姿だった」
と認め、
湧きあがってきた感謝の気持ちと共に、
親戚をもてなすことができました。
しかし・・・
その後しばらくたってから、
ある人達(親戚ではないですが)に出会い、
イライラしている自分がいました。
ふと気付けば・・
結婚式で感じたイライラの原因と同じです。
自分の姿だと頭では思うのですが、
どうしても気持ちは落ち着きません。
紙に自分が感じていることを、
つらつらと書き出してみました。
すると、
文句を言う自分は嫌いだ
行動しない自分は嫌いだ
わがままな自分は嫌いだ
文句を言う自分は許せない
行動しない自分は許せない
わがままな自分は許せない
などなど・・
普段の自分では自覚していない思い込みが、
たくさん出てきました。
その思い込みを浄化ワークで取り除くと・・
おっとびっくり!
人に文句を言うこともなくなり、
行動的な自分になり、
自己主張はするけれど
相手の言い分も認めてお互いの妥協点を探す、
自分に否があれば素直に認めることができる、
という自分になってきました。
そして、
その人達の態度も変わり、
一緒にいても、
そういった面を見せなくなりました。
他人のふりを見て自分を変えようと思っても、
私はなかなかできませんでした。
もちろん、
自分を変えられる方もいらっしゃるのでしょうが、
それにはきっと、とっても時間がかかることでしょう。
でも
浄化ワークを使えば、
早いです。
自分も変わるし、
目の前の現実も変わるし。
それに最近、
嫌いだと思う人が少なくなってきているので、
毎日が楽になってきています。
ピン!
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